キャシュ・フロー計算書は税込で-税抜きでは、重要な情報が消える

ネットで検索すると税抜き経理を推奨する記事が多い。直接法キャシュ・フロー計算書だけは、税込みで見て欲しい。
税抜き表示だと、重要な情報が消える。

 

私の使っているジョブカン会計では、試算表、キャシュ・フロー計算書の表示(「税抜」「税込」)をボタン一つで切り替えることができる。ネットで検索すると圧倒的に税抜き経理支持が多いように思われるが、税抜き経理を採用していても、直接法キャシュ・フロー計算書だけは、税込みで見て欲しい。税抜きだと、実際の収入額、支出額、消費税の支払額という重要な情報が、消えてしまう。

損益計算書とキャシュ・フロー計算書

下記は簡略化した損益計算書(税抜き)とキャシュ・フロー計算書(間接法)である。

損益計算書(税抜き) キャシュ・フロー計算書(間接法)
項目 金額 項目 金額
売上高 120,000 税引前当期純利益         3,000
期首棚卸高  5,000 たな卸資産の増減額      -5,000
当期仕入高    80,000 未払消費税の増減額     -2,200
期末棚卸高 10,000 法人税等の支払額     -500
売上原価 75,000 営業活動によるキャッシュ・フロー    -4,700
売上総利益 45,000 短期借入金による収入   5,000
給料 30,000 長期借入金返済支出  -1,000
諸経費 12,000 財務活動によるキャッシュ・フロー   4,000
販売費一般管理費合計 42,000 現金増加額    -700
営業利益  3,000 現金期首残高 3,000
現金期末残高 2,300

みての通り、黒字決算であるが、この会社の資金状態はどうなのであろうか。
間接法キャシュ・フロー計算書をみると在庫の増加が資金繰りを圧迫していることは一目瞭然で、資金不足を借入金で補填したことがわかる。
キャシュ・フロー計算書は、期間中の増減額とその原因を表示する重要な財務諸表である。
キャシュ・フロー計算書は、ちいさな会社には、作成が義務づけられていないこと、税務署にも提出不要であということもあり、なじみが薄いのかもしれない。
しかし、ちいさな会社や個人事業主にとって、キャシュ・フロー計算書は有用だし、社長にもわかりやすい財務諸表だと考えられる。

直接法キャシュ・フロー計算書の意義

キャシュ・フロー計算書には、間接法と直接法がある。
いずれも一定期間の資金の増減額とその原因を現した表である。

間接法は、当期利益からスタートし、損益と資金の増減の差異を現し、直接法は、資金(お金)の出入りの総額を項目別に現している。

上記の間接法キャシュ・フロー計算は、直接法にすると下記のとおりとなる。
税抜き表示、税込み表示を対比して欲しい。

項目 税抜き 税込み
営業収入   120,000 132,000
仕入支出 -80,000 -88,000
人件費支出 -30,000 -30,000
その他営業支出 -12,000 -13,200
未払消費税増減額 -2,200 -5,000
法人税支払額 -500 -500
営業活動によるキャッシュ・フロー -4,700 -4,700
短期借入金による収入 5,000 5,000
長期借入金返済支出 -1,000 -1,000
財務活動によるキャッシュ・フロー 4,000 4,000
現金増加額 -700 -700
現金期首残高 3,000 3,000
現金期末残高 2,300 2,300

税抜き直接法キャシュ・フロー計算書の難点

直接法キャシュ・フロー計算書は、資金(お金)の出入りの総額を項目別に集計したものなので、この上なくわかりやすい。
しかし、間接法では総収入、総支出という重要な情報が消えてしまう。

この会社の売上総収入は、132,000であるが、税抜き表示だと120,000となってしまう。仕入支出も同様であり、少なく表示される。

原因は消費税である。仮受消費税と仮払消費税が相殺されて、総額から消えてしまっている。

この会社の消費税支払額は、前期未払消費税3,000と当期中間分2,000の合計5,000である。税抜き表記だと、これも消えてしまって、表示されない。

税抜き、税込み、どちらが有用な情報かといえば、税込み表示の方が有用な情報であると思うのだが、いかがであろうか。

(注)

本稿は、税抜き処理を選択している会社を対象として書いています。
したがって、税込経理であれば、期末棚卸額は、税込み金額で入力することになる等、仕訳そのものが変わってきますが、趣旨は、期間中の資金の出入りの総額を把握することにあるので、その点はご了承ください。

「会計学の誕生」 渡邊泉

現在のあるものは、必ず過去とつながっている。今スタンダードであるものが、いつまでもそうであるとは限らない。何事も歴史を知ることは大切だし、歴史を知ることなしに「今」を理解することは危険ですらあると思う。それは「簿記」や「会計」にもいえることだ。

富の記録という意味での簿記の歴史はおそらく数千年前まで遡ることができようが、この本の副題は「複式簿記が変えた世界」であり、複式簿記と会計の誕生から現代的課題まで語っており興味深い。

なお「簿記」と「会計」はひとまとめに考えられることもあるが、私の理解では両者は起源が異なる。「簿記bookkeeping」は、自分のための記録、財産管理が目的であり、「会計accountig 」は、説明する相手を想定した報告目的のものである。

私は、複式簿記と会計の歴史をおおづかみに次のように理解している。

区分 時期 経済の中心地 特徴
第1期 14世紀から15世紀 北イタリア(ベネツィア、フィレンツェなど) 資本と利益の分離、複式簿記の必要性
第2期 16世紀から17世紀 ネーデルランド(オランダ) 継続企業、年次決算の必要性
第3期 18世紀から19世紀 イギリス 鉄道、株式会社、会計士制度
第4期 現代

こうやって歴史を振り返ると私たちが当たり前のように思っている「資本と利益の分離」や「在庫」「固定資産」「減価償却」などの概念も資本主義の発展とともに発明されてきたものであることが分かる。

信用取引や継続取引が常態化してくると、当初の元手=資本が様々な形をとり、元手=資本と元手により稼得したもの=利益を分離することの必要性が出てくる。単なる出納記録や債権記録では、間に合わないことから複式簿記が発明された。

第2期になり企業が継続的なものとなり(オランダ東インド会社など)、どこかで区切ることが必要となる。決算と「期間損益」の必要性である。これにともない「在庫」、簿記でいうところの「繰越商品勘定」概念が必要となった。

第3期は鉄道と株式会社の時代である。膨大な資本を必要とする鉄道は、初期費用の回収が長期にわたる。ここから初期投資を固定資産として扱い、期間損益に減価償却費として配分することが発明された。また株式会社として多数の株主から資金を集める必要から、企業の発表する財務諸表の正確性を担保する必要性が生まれ公認会計士制度が誕生した。

キャッシュ・フロー計算書

この本で面白かったのが第5章の「キャッシュ・フロー計算書―利益はどこに消えた―」である。キャッシュ・フロー計算書の起源は19世紀のダウライス製鉄会社(イギリス)にあるという。増産のため新たな熔鉱炉の建設に着手したところ、損益計算書や貸借対照表では十分な利益があり安心していたところ、いざ代金を支払う段階でお金がないことに気がつき、「利益はどこ消えた」と頭をかかえたそうだ。そこで2時点の貸借対照表を並べて比較すると「これまで利益と呼ばれてきたものは原材料や製品の在庫であった」ことが分かったという話である。現在の間接法キャッシュ・フロー計算書の誕生である。

終章「会計の本来の役割」

終章では「会計」が陥っている現代的課題、会計に経済学的価値観が混入してきたこと(時価会計)や、今後の課題などが語られているが「こうした混沌とした状況に直面した時、あるべき姿をしめしてくれるのが歴史です。歴史は会計の原点が信頼にあること教えてくれます。」歴史を学ぶことは今後の行き先を考えるヒントとなる(本書最後より)。

なお余談だが、現在の複式簿記、会計はヨーロッパ起源のものである。これはヨーロッパ起源のウォーラーステインいうところの近代世界システム=資本主義=が、全地球上を覆ってきたことに起因する。北イタリアが繁栄した時代(それ以前)に、中国の「宋」では、北イタリア以上に商業や貨幣経済が発展していたことは知られているし、日本の南北朝時代にすでに荘園経営の決算や決算報告書が存在し、為替による送金が行われていたことが知られている。現在の複式簿記や会計は、近代世界システム=資本主義=の発展とともに生み出されたものであって、東アジア起源やイスラム起源の簿記会計システムというものがあるとすれば、どのようなものなのか、考えると楽しくなる。

岩波新書 会計学の誕生